朝日が昇るとともに、タマキンスター・キヨタカは目を覚ました。アラームなんていらない、いつも自然と一体であり続けることが彼の信条だ。
タマキンスター・キヨタカは年の頃30代半ば。短めの黒髪に無精ひげをたくわえ、見るものを射抜くその眼光はまるで鋭利な刃物のようだ。背は高く、筋肉質な体つきだが、機敏に躍動する四肢はネコ科の動物を彷彿とさせるしやなやかさも備えている。
普段は銀色のスーツに半ズボンという異様な格好をしており、風呂もこのまま入るため、洗濯の手間も省けるしサステナブルだと自負している。
左手にはウィスキーの瓶を握りしめ、その上からガムテープが厳重に巻かれ、手と瓶とが完全に固定されている。なるほど、これならうっかり電車に置き忘れる心配はなさそうだ。
キヨタカの目が大きく見開く。
完全に目覚めた彼はネックスプリングで跳ね起き、トレードマークである古風なマントをふわりと羽織った。半ズボンの裾からは、いつものようにチクワが覗いている。
「さて、今日も一日が始まるな。チクワがそそり立つぜ」
まずは朝食を準備するためにキッチンへ向かった。コーヒーを淹れながら、彼は昨日ゲーセンで拾った謎の石をいじっていた。石は光り輝き、奇妙なパターンを描いている。
それは他人が見れば、どう見ても樹脂製でチープなクレーンゲームの景品にしか見えないのだが、キヨタカには違って見えるらしい。
「こいつはただの石じゃねえな。異次元への鍵かもしれねぇ…タマキンがそう訴えている」
彼は石をポケットにしまってコーヒーカップを手に取った。ガムテープで固定されたウィスキーの瓶がカップにぶつかり、軽い音を立てる。
コーヒーをひと口含むと、彼の目が輝いた。
「これが、宇宙の法則ってやつだ。コーヒーが美味い!タマキンが痺れるぜ」
言うや否やコーヒーを全てシンクに流し、左手のウィスキーを一気に煽る。朝食に取り掛かる気力がみなぎってくる。
朝食には彼の大好物、チクワを使った料理が欠かせない。今日はチクワのチーズ詰めを作ることにした。チーズをチクワの中に詰め込みオーブンで焼き上げると、溶け出したチーズの芳ばしい香りがキッチンいっぱいに広がった。その芳香を鼻腔にとらえるとキヨタカは思わずニッと笑みを浮かべる。
「くっせぇチーズだ…タマキンが沸き立つぜ!」
朝食を終えた後、彼は街へ出かけることにした。誰にも縛られない自由な彼の一日は、いつも好奇心と刺激に満ちている。彼は日々を「冒険」と称し、1日1日を無為に過ごすことを何より嫌った。
目の前の現実の素晴らしさに気づくことなく、スマホに時間を奪われ続ける人々を蔑み、中でも『ショート動画なんて肥溜めだ』と忌み嫌っている。実際に街行く人々のスマホを何台も叩き落としては自らのケツに挟むという暴挙もやってのけたことがある。
さて、今日の冒険は一体なにが待ち受けているのか…
「今日こそ異次元への入り口を探し出してやるぜ」
自由と無目的とは似て非なるものだ…キヨタカの日々の冒険は、どこまでも自由でありながらも、確たる目的が存在する。それは『異次元への入り口を見つけ出す』こと…この街にやってきたのもその為だ。
冒険の序章として、近くの公園を通りかかった折に自分に向けられた視線に気づいた。
「あれ?タマキンスターじゃない?絶対そうだって、だってほらあのチクワ!」
「分かるけど、あんまり見るなよ…気付かれるだろ」
見ると、二人の少年がキヨタカに興味を示しているらしいことが伺えた…ここで素通りできないのがキヨタカだ。
「ヨォ少年たち、キャッチボールしようぜ…おいおい心配すんな、タマキンは使わねぇよ」
キヨタカは少年たちを誘ってキャッチボールを始めた。左手のウィスキーのおかげで、うまくボールが掴めない苛立ちを隠すことができなかったが、天真爛漫な少年たちと戯れているうちに、いつしかそんな苛立ちも忘れ、遊びに没頭していった。彼の喫緊の目的は異次元への入り口を見つけ出すことだが、今はただこの瞬間を楽しむことに集中する。これが彼の自由であり、冒険なのだ。
「俺は常に”今この瞬間”を生きるのさ」
そう独りごちたその時、突然の怒声が彼の没頭を台無しにした。なにごとか?と公園の片隅に目を向けると、愚者の集団が怒声を張り上げ、コロナワクチンがどうの、自民党がどうのと馬鹿の一つ覚えのような事を大声で繰り返している。何かのデモらしいことはすぐに理解できた。
遊びの邪魔をされたキヨタカは苛ついていた。
「ちくしょう!バカどもが!」
彼はウィスキーの瓶がくくり付けられた左手を右へ左へと大きく振りながら集団に近づき、冷たい目で愚者どもを見据えて言った。
「やかましいぞ!!地獄のパーティにしてやろうか」
いかに愚者といえど、突然現れたこの男が、自らの生存本能のアラートをけたたましく鳴らしている事に気づかずにはいられなかった。愚者たちに残された選択肢はただ一つ、“逃走”だった。
キヨタカは振り返り、子供たちに優しく微笑んで言った。
「デモなんてくだらねぇ。自分じゃ何もできねぇくせして要求だけは一丁前だ…政府が自分の願いを何でも叶えてくれる魔法のランプか何かだと勘違いしてやがるクズどもだ。あんなもんはただの無いものねだりさ」
少年たちは只々目を丸くするばかりだった。
「さて、もうじき昼時だな、ウチへ帰ってチクワでも食ってな」
少年たちは一目散に駆け、あっという間にキヨタカの視界から消え去った。無精髭を撫でながら満足げに頷くキヨタカ。
「少年よチクワを抱け」
少年たちと別れ、キヨタカは駅前の『カフェ・ミドリ』に立ち寄りサンドイッチを注文した。カフェのオーナー、ミドリさんとは懇意の間柄だ。
ミドリさんは40代後半の女性で、所々に白いものが混じったセミロングの髪を緩くまとめたポニーテールが特徴的だ。キヨタカのような奇異な客を相手にしても物怖じせず気さくに振る舞えるあたりに人生経験の豊かさが垣間見える。
「今日も冒険かい、タマキンスター?」
「そうだとも、ミドリさん」
キヨタカが初めてこの店に訪れた時、ミドリさんの余裕あふれる対人スキルに目を見張り「この女、只者ではないな…きっと宮本武蔵のタマキンの生まれ変わりに違いない」と感嘆し、それを切っ掛けに足繁く通うようになったのである。
「それにしても、あなたのズボンからはみ出たそのチクワ、いつも見ても面白いわね」
キヨタカは左手のウィスキーの瓶でテーブルをコツコツ鳴らして言った。
「言葉に気をつけろ。死ぬぞ」
ミドリさんはそれには応えず、微笑みながら左手のウィスキーを指差して言った。
「それ、いつも大変そうね」
「こんなの、なんてことねぇさ、不自由を楽しむ自由ってやつさ、時々イラつくけどな…それよりコレみてよ」
彼はポケットから例の石を取り出す。
「それ、なんだい?」
「まだわからねぇ…でもタマキンが俺に語っている、こいつはただの石じゃねぇ」
ミドリさんはもう何も言わずに笑顔でサンドイッチを提供した。
サンドイッチを一気に口に押し込むと、食事代をいつもの如くツケにして豪快にカフェを飛び出し、往来に躍り出るキヨタカ、そのままテンションが上がり全力疾走で走り続ける。
「ハァハァ…だ、だめだタマキンが死ぬ…」
わけも無く200メートルほど全力疾走したので、心臓が今にも胸板をつき破って出てきそうなほど激しく脈打っている…荒い呼吸で道端に倒れこみ、仰向けにウィスキーを煽る。
一息ついたところで、ポケットの石をつかみ出し、掌に乗った小さな石を見つめて呟く。
「この石が、きっと異次元への入り口へ導いてくれるに違いねぇ」
西へ東へ、当てもなく歩き続けるキヨタカ。万歩計が2万歩を指し示したころ、いつしか住宅街に足を踏み入れていた事に気づいた。とある一軒家の前でポケットの石を取り出し見てみると、キラリと微かに輝いた気がした。
「もしや、この家に隠されてるってことか…」
そこで、塀を乗り越えて庭先に降り立ち、窓に額を押し当てて家の中を覗いていたその時、塀の向こうから声がした。
「すみませ~ん、ちょっとお話を伺いたいんですが~」
キヨタカが振り返ると、塀を隔てて警察官が立っていた。キヨタカは訝しむ視線を送り…
「なんだ、俺に用か?タマキンに用か?どっちだ」
「えぇと、貴方ここで何をやっているんですか?それにその左手の瓶と、ズボンからはみ出たチクワは一体なんです?」
キヨタカはガムテープで固定されたウィスキーの瓶を軽く振りながら答えた。
「ただの嗜好品だよ。言葉に気をつけろ。死ぬぞ」
キヨタカの眼光に警察官は一瞬たじろいだが、懸命に次の言葉を吐き出した。
「あのですね、その、この辺りで怪しい行動をしている者がいるという通報がありまして…それに貴方、その、それは立派な住居侵入罪ではと…」
キヨタカはククク…と笑いをこぼしながら答えた。
「俺はただの風来坊だ。何も悪いことはしてねぇよ…タマキン見りゃわかるだろ」
言うやキヨタカは窓を開き、忽然と家の中へと姿を消した…警察官は唖然と見送ることしかできなかった。
この警察官を弁護しておく必要がある。彼が無能なのではない、キヨタカを前にすると誰しもこうならざるを得ないのだ。
「異常なし」
警察官は再び街の平和を守るためにパトロールへと向かった。
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夕焼けの真っ赤に染まった街頭を、我が物顔に歩く影が認められる…そう、タマキンスター・キヨタカその男だ。
キヨタカは魚肉ソーセージを頬張りながら呟く。
「結局あの家で見つけられたのは、こいつだけか」
今日も異次元への入り口はとうとう見つからなかった。
「ま、気長に探すさ…ゴールってのは辿り着いちまうと腐っちまう…さ、飲むか」
夕方には馴染みの居酒屋で一杯やりながら、その日の冒険譚を語るのが彼の日課だ。
「おう来たかタマキンスター!待ってたぜ!」
キヨタカが居酒屋の暖簾をくぐると、すでに常連客達で賑わっていた。誰もがみなキヨタカのその日の冒険話を心待ちにしているのだ。しかし、キヨタカの方はといえば、日々ここへ現れた時点で、天地がおぼつかないほど酔っているので、彼らが何処の何某かは全く区別がついていなかった…だが、そんなことを気にするキヨタカではない。
相手が誰であろうと、例え路傍のタマキンであろうと彼は自分の冒険を語り聞かせるのが大好きなのだ。
「おいおいタマキンスター!今日は警察官とやり合ったってのか?!こいつは傑作だぁ、ダハハ!」
顔馴染みの常連客たちは彼のユーモアと好奇心の暴走した話に笑い転げていた。
一通り語り終え、満足げにウィスキーを煽るキヨタカ。
「クゥ~、タマキンに染み渡るぜ」
常連客の一人が言った。「お前のそのチクワ、いつ見ても笑えるよな」
キヨタカはウィスキーを一口飲み、「言葉に気をつけろ。死ぬぞ」と冗談めかして答えた。
彼の常套句に、周囲はドッと沸き立った。
「でも、そのチクワって何のためにズボンからはみ出てんだ?」
キヨタカはニヤリと笑い、ウィスキーの瓶を掲げながら答えた。
「チクワのみぞ知る。だ」
その時、とつぜん背後から流れてきた騒々しい笑い声が場の空気を変え、次いでグラスが倒れ、皿が割れる騒音が鳴り響く、そしてまた噴き出す下品な笑い声のコーラス。若者の集団が酔ってドンチャン騒ぎを始めたようだ。『クソガキどもが!』キヨタカはすぐに立ち上がり、ガムテープで固定されたウィスキーの瓶を振りかざしながら言った。
「おい、ガキども!やかましいぞ、地獄のパーティにしてやろうか」
その姿勢と目の鋭さに、若者たちの酔いは一気に醒め、そそくさとズボンを脱ぎ捨て店を後にしていった。その後、彼はウィスキーを一口飲み、仲間たちに微笑んだ。
「しょうがねぇな酒の飲み方もしらねぇガキどもは…さあ、もう一杯やろうぜ!」
「おい!タマキンスター!な、なんだそりゃあ!?タ、タマキンか!?」
常連客の一人キヨタカの股間を指差して叫んだ。
「あん?タマキンに決まってんだろ…なに言って…」
訝しげに自分の股間を見ると、キヨタカの股間が煌々と青白い光を放っている…
「こ、これは!?俺のタマキンが…いや違う、これはまさかあの石か…」
「うわぁぁ!タマキンスターのタマキンが光ってるぅぅぅ!!」
誰かが恐怖に慄いて金切り声を上げた。それが引き金となって周囲の人間も皆ヒステリックに叫び始め、居酒屋の店内はパニックに覆われていく…
「タマキンがー!!タマキングのタマキンがぁぁぁぁ!!!」
流石のキヨタカも動揺と羞恥を隠せずに、弁明するように叫ぶ。
「ち、ちげぇよ!これはタマキンじゃなくて石だ!さっきも話したろ!黙れ!おい!!落ち着けよみんな!!ほらこれだ!この石が!!」
キヨタカはポケットを引きちぎり石を取り出す。ズボンが裂け、チクワが床に落ち“ペチ”と音を立てた…
それがこの世界の人間が聞いた最後の音となった。
キヨタカの手の上で青白く輝いていた石が強烈な閃光を放ち、途端にあたり一面が真っ白な光に飲み込まれ、音も色も無くなり、集団タマキンパニックに陥っていた人々の姿も、一人また一人と消えていく…
そして光の中心にいるキヨタカもまた消えようとしていた…異次元の光が全てを侵食していく。
心も体もタマキンも純白に溶け込み、世界の全てが白紙になろうとしている中、薄れゆく意識でキヨタカは最後の言葉を絞り出す。
「俺のタマキンに狂いはなかった…この石こそが…」
そして、世界は白紙となった。
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朝日が昇るとともに、タマキンスター・キヨタカは目を覚ました。アラームなんていらない、いつも自然と一体であり続けることが彼の信条だ。
キヨタカの目が大きく見開く。
完全に目覚めた彼はネックスプリングで跳ね起き、トレードマークである古風なマントをふわりと羽織った。半ズボンの裾からは、いつものようにチクワが覗いている。
「さて、今日も一日が始まるな。チクワがそそり立つぜ」
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